インタビュー
一般財団法人診療看護師等医療従事者支援協会(通称:NupMep)が挑戦するクラウドファンディング「診療看護師奨学金プロジェクト」の期間中に、連続インタビュー企画を開催しています。
クラウドファンディング「診療看護師奨学金プロジェクト」とは、診療看護師を目指す看護師へ返済不要奨学金を提供するためのクラウドファンディングを、2024年12月11日から2025年2月11日まで実施しています。
第2弾は、弊財団理事で、大阪大学心臓血管外科教授の宮川繁先生です。
実際の医療現場に精通している宮川先生より、医療現場の現状や課題、日本医療のビジョン、今後必要になることなどを伺いました。
宮川 繁
◎現在の役職
大阪大学大学大学院医学系研究科 心臓血管外科 教授
一般財団法人 診療看護師等医療従事者育成支援協会 理事
◎経歴
平成6年3月 : 大阪大学医学部医学科卒業
平成6年4月 : 大阪大学医学部附属病院 心臓血管外科 医員
平成7年6月 : 大手前病院 外科 医員
平成9年6月 : 大阪労災病院 心臓血管外科
平成10年6月 : 大阪大学大学院医学系研究科 心臓血管外科 博士課程
平成14年4月 : 大阪大学医学部附属病院 未来医療センター研究員
平成16年4月 : 桜橋渡辺病院心臓血管外科
平成18年3月 : 大阪大学医学系研究科心臓血管外科 非常勤講師
平成18年11月 : ドイツ・ケルクホッフクリニック心臓外科
平成21年1月 : 大阪大学医学系研究科 心臓血管外科 助教
平成21年6月 : 大阪大学医学部附属病院院内 講師
平成24年7月 : 大阪大学医学部医学系研究科 心臓血管外科 講師
平成26年4月 : 大阪大学医学系研究科 免疫再生制御学講座 特任准教授
平成28年8月 : 大阪大学医学系研究科
先進幹細胞治療学共同研究講座 特任教授
平成30年4月:大阪大学医学系研究科
最先端再生医療学共同研究講座 特任教授
令和3年7月:大阪大学大学院医学系研究科 心臓血管外科 教授
山下 実和
一般財団法人 診療看護師等医療従事者育成支援協会
クラウドファンディング担当
山下:まずは宮川先生の現在のお仕事について、簡単に自己紹介をお願いします。
宮川先生:大阪大学の心臓血管外科にて、臨床と並行して新しい治療法の開発に取り組んでいます。研究から患者さんのベッドサイドに新しい治療を届ける「トランスレーショナル・リサーチ」を長年続けてきました。現在は心臓血管外科の教授として、学会活動や新しい治療法の確立に取り組んでいます。新しい治療の開発とともに医療の質を向上させることが私の最大のミッションだと考えています。
将来的なビジョンは医療全体の発展ですが、そのために教育改革を通じて、若い先生方や診療看護師が技能を身につけられる体制の構築が必要だと考えています。若手が育つことで、より良い医療を提供できると思います。
山下:若手医療者の育成を通して、最終的に医療全体を発展させるということですね。
宮川先生:それが一番の目標です。年配の医師が頑張っていても限界がありますし、このままでは世界標準に追いつけなくなる危機感を抱いています。 医学部の若い人たちが留学するケースはとても少なく、逆に海外からは多くの学生が留学してきます。彼らは「未来を作ろう」と意欲的ですが、日本ではそういった気運が低いと感じます。
山下:いままで宮川先生はどのようなことをされてきたのですか?
宮川先生:海外で医療技術を学び日本医療に還元すること、また、若手医師の執刀の機会を増やすといった改革を行ってきました。
40歳頃まではドイツに留学し、心臓血管外科医として病院でドイツ人の手術を行っていました。その後、日本に帰国してから心臓血管外科医として働きながら、再生医療の分野でさまざまな研究を行い、新しい治療法を開発してきました。現在は教職に就き、学会の理事も兼任しながら対外的な活動にも取り組んでいます。
また、若い人たちにどんどんチャンスを与えることが重要だと考えています。そのため、「みんなで自由にやってみなさい」と手術は若い医師に任せています。若い医師たちがみんなで考えて、新しい技術を導入したりするのでスキルが向上しています。
山下:ベテランが執刀して若手は見て学ぶというこれまでの体制から、若手医師の執刀促進へ変更することは大変だったのではないですか?
宮川先生:そうですね。いろいろやりました。組織をシンプルにするために、必要なものと不要なものを明確に分け、不要だと思ったものは排除しました。
私のエンドポイントは、とにかく医療をより良くすること。それとこれまで治療が難しかった患者さんを治すことです。そのために必要なもの以外を切り捨て、エンドポイントを1日でも早く達成することを目指しています。
山下:医療をより良くし、これまで治らなかった患者さんを救うことをエンドポイントとされていましたね。その信念を持つきっかけは何だったのでしょうか?
宮川先生:私はずっと患者さんのために医師として働きながら、「医療の本質とは何か」を考え続けてきました。難しい病気を治し、それによって患者さんが元気になり、素直に喜んでいただけることが医療の本質だと思っています。その信念を持ち続け、医療に携わっています。この思いがどこから生まれたかというと、ふと思い出すのは母の姿です。
私の母は女医で、田舎で小さな医院を開業していました。高齢者が多い地域だったため、患者さんが病院に通えないこともあり、母は夜中にバイクで往診に出かけることもありました。医師の真髄というのは何なのかというのを母親が身をもって具現化しているのを見て、こういうのが本場の医療で、これをやっていくのが真っ当な医者なんだなと感じました。
また、心臓血管外科の先々々代の教授である川島先生から受けた影響も大きいです。川島先生は「ノーブル・オブリゲーション(高貴なる義務)」という言葉をよく使われていました。医師として得た教育やスキルを、社会に還元することが我々の使命だと教えてくださいました。この考え方には大いに共感しています。
山下:先生のご家庭や環境について知ることで、先生の考え方の背景がよく分かりました。
宮川先生:何か強い信念がないと、この仕事はやっていられませんよ(笑)
山下:強い信念を持ちながら実行に移されている姿勢が本当に素敵だと思いました。現場の若い医師たちも、先生の考えや取り組みを引き継いでいくのだろうと感じます。
宮川先生:それが本当の教育かな、とも思ってます。
山下:NupMepのような活動に取り組む決断をされた背景には何があるのでしょうか?
宮川先生:医師の働き方改革が進む中で、人手不足が深刻な問題となっています。多くの病院が人手不足に悩み、疲弊している状況です。若い医師が増えない中で、医療現場を支えるためには診療看護師さんたちの協力が必要です。
ただ、診療看護師さんたちがさらに勉強を進めるための資金が不足しているという根本的な問題があります。この問題を解決するためのシステムがあれば、診療看護師さんを育成し、各病院に派遣して現場を支えることができると思います。これによって医療の質も向上します。
また、私たち医師としては、患者さんのマネジメントを診療看護師さんにタスクシフトして、医師はできるだけ多くの手術を行うべきだと考えています。手術の件数が増えれば、医師のスキルも向上します。この好循環を生むためには、診療看護師さんの育成と社会的地位の向上が欠かせません。その実現には、医療業界だけで動くのは限界があるため、青山さん(NPO法人Trio Japan 理事長)にご協力をお願いしました。
山下:ありがとうございます。人手不足の問題は大阪だけの話でしょうか?
宮川先生:いえ、これは全国的な問題です。外科医、特に消化器外科や心臓血管外科などの外科分野では人手不足が非常に深刻です。外科医になろうとする人自体が少なくなっています。
山下:その背景にはどのような要因があるのでしょうか?
宮川先生:一つの例として、皆さん「ブラックジャック」という漫画をご存じでしょうか?私たちの世代はあの漫画に影響を受けて外科医を目指す人が多かったんです。しかし、外科の世界は非常に徒弟制度的で、1人に対する負担が非常に重いものでした。若い医師たちが「手術をしたい」と希望しても、なかなか実践の場が与えられない時代が長く続きました。その結果、若い医師たちは「これではおかしい」と声を上げ、外科がそういう古い体質をもうずっと持つんだったら自分は行きたくないということで他の科に行くわけです。
そうして外科医の数は減少し、教授だけが手術をしている状況になり、後ろを振り返ると誰も育っていない、という事態に陥っています。
山下:他の科でも同じような問題が起きているのですか?
宮川先生:そうですね。循環器内科も生死に直結する分野で非常に大変ですし、人手不足の状態です。
山下:人材不足という問題の中で、診療看護師や医療従事者を人手不足解消の手段として捉えていらっしゃいました。診療看護師を重要視された背景には、どのような考えがあるのでしょうか?
宮川先生:医師は患者さんと接し、手術の際にも病状や治療方法を説明しますが、やはり患者さんが医師に対して萎縮してしまう場面があると感じます。その結果、患者さんが本当に自分の病状や治療内容を理解しているのか不安になることがあります。また、質問したくてもできない雰囲気があることも問題です。
そこで、病気にかかっている患者さんにメッセージを届ける存在として、看護師さんが重要だと考えています。看護師さんには医療チームの一員として活躍し、新しい分野でその能力を発揮してほしいと思っています。診療看護師は医療行為を行えるため、患者さんとの距離感がより近くなります。これにより、患者さんは医師に聞けなかったことを診療看護師に相談できるようになり、メンタル面でのサポートが進むと考えています。
山下:ありがとうございます。
以前、診療看護師を目指す方にインタビューをした際、その方が「キュアとケアの足並みを揃えることが、チーム医療における診療看護師の重要な役割」とおっしゃっていました。宮川先生の説明を聞いて、その考えがさらに具体的に理解できたように思います。
宮川先生:その通りです。本当に良質な医療というのは、キュア(治療)とケア(看護)のバランスが取れている状態だと思います。もちろん、医療技術の進歩や新しい治療法、薬の開発も医療の成長には欠かせませんが、それだけでは不十分です。
山下:治療を受けるのは患者さんですから、身体的な部分と心理的な部分の両方を重視する必要がありますね。
宮川先生:そうですね。その両方が揃ったときに初めて「良質な医療」と呼べるものになると考えています。
山下:診療看護師になるハードルに関してはどう思われますか?
宮川先生:診療看護師になるためには、幅広い知識を身につける必要があります。ただ、看護師さんたちは激務の中で勉強の時間を確保するのが非常に難しい現状があります。日勤や夜勤を繰り返し、さまざまな患者さんに対応する中で、学術的なことを学ぶ余裕がほとんどありません。
管理職の方々も、現行の体制のままで看護業務を回せれば良いと考えていることが多く、看護師の成長やスキルアップに力を入れる環境が整っていないのです。このままでは看護師のフィールドの成長が止まってしまいます。成長するためには、やはり勉強が欠かせません。
山下:大学病院などでも同様の傾向があるのでしょうか?
宮川先生:あります。大学病院でさえ、次のステップに進む意識が薄れてきているように感じます。ただ、その中でも「このままではいけない」と考え、診療看護師を目指して勉強する看護師さんたちがいます。彼らは自らの技量を高め、医療全体を深めるために努力しています。その姿勢が、他の看護師さんたちへの良いメッセージとなり、「スキルフルな看護師を目指そう」という流れを生むことを期待しています。
山下:その流れが広がると良いですね。ただ、看護師さんたちが勉強に時間を取られることで業務が滞る懸念もありますね。
宮川先生:そうです。そのため、看護師の成長を支援する一方で、現場の業務が円滑に進むようにする仕組みが必要です。
山下:診療看護師の社会的地位がまだ確立されていない現状もありますね。
看護師さん自身も、ステップアップの選択肢として診療看護師の存在を知らない方が多い印象です。
宮川先生:おっしゃる通りです。診療看護師を目指したいという方は一定数いますが、学費や制度上の障壁が原因で実現できない方が多いのが現状です。このような課題を解決するための取り組みが必要です。
山下:実際に診療看護師の日本での立ち位置についてもう少し詳しくお聞きしたいです。学費の問題や、体制的な問題もあると思いますが、診療看護師が発展していくために日本ではどのような改善が必要だと思われますか?
宮川先生:日本のシステム上、新しいものが生まれても、すぐに容認しないような風潮があると感じています。「今のままで十分だからいいじゃないか」という考えが根強く、何か新しいスキルフルな取り組みが現れると「面倒だ」と感じ、それを塞いでしまう傾向があると思います。
ドイツやアメリカでは、自分たちの社会を変えられるような集団や職種が登場すると、「現状を良くしてくれるかもしれない」と議論を重ね、その意義が承認されるとどんどんそういう人たちを前に出すんです。
日本はそういう風潮がなくて、古いヒエラルキーを守っていて、社会の改善を阻んでいると感じています。これが日本の課題であり、改善が必要な点だと思います。
山下:具体的には、日本では診療看護師が公的な資格としてまだ認められていませんよね。海外ではそのような点が比較的早く受け入れられた印象があります。
診療看護師を目指す障壁を少しでも軽減するために、奨学金を提供するというのが今回のクラウドファンディングなんですね。
宮川先生:そうですね。まずは足元から固めていくことが重要だと思っていますし、小さな一歩から取り組みたいと考えています。
山下:最後にお伺いしたいのですが、NupMep最初の活動として、診療看護師の方々への奨学金提供やネットワーク構築目的で、現在クラウドファンディングを進めています。宮川先生は、NupMepで今後どのようなことを実現していきたいですか?
宮川先生:まずは、教育資金を提供し、多くの人が成長していける環境を整えたいと思っています。また、海外を目指している人にも支援を行いたいと考えています。現在の支援対象は診療看護師ですが、「特定認定看護師」という資格を持つ方々もいらっしゃいます。診療看護師よりも取得要件が少ない資格ですが、そういった前向きな方々にも支援を広げたいと思っています。
このような支援を通じて「自分は次のステップを踏めるんだ」という自信を持ってもらえるような組織にしたいと考えています。そして、取り組みが良質な医療に繋がり、支援を受けた人たちが自分の夢を達成できる社会を実現したいと思っています。それにより、充実感や楽しさを感じられる未来を提供できる団体に成長していければと願っています。
NupMepは診療看護師を目指す看護師や学生へ返済不要の奨学金提供を開始するため、クラウドファンディングで600万円を募集するプロジェクトを2025年2月11日まで実施しています。
皆さまのご支援により、未来の医療を共に支えませんか?
寄付金は全額、奨学金として活用され、診療看護師の育成と医療現場の改善に直結します。